それともう一つ、NSRがはまった迷路に、アンチスクワットの不足ってのがあると思う。市販車もそうだけど、おおむねバイクってのは、アクセルを開けて加速すると、リヤサスに伸びる方向の力が働くように、スイングアームには角度を持たせて取り付けられている。フロントブレーキをしっかりと握って、ギヤを入れ、クラッチを極ゆっくりと繋いでいくとバイクは前進しようとするが、その時シートから荷重を抜いてやると(足つきが十分な人なら)リヤサスが伸び上がろうとする力を感じることができるハズだ。
これをアンチスクワット、というんだそうだ。実際には、ドライブスプロケットの取り出しと、リヤアクスル、スイングアームピボットの位置、の3点で決まるんだけど、おおむねスイングアームの対地角が大きいと、アンチスクワット・アングルが大きいと見ていい。
実際に走っている時、ライダーにはアクセルを開けたときにリヤが伸びてるとは感じられないのがほとんどだと思うし、むしろリヤが沈み込んでいるようにさえ感じられたりするけど、これは、アクセルを開けて加速すると、荷重の大部分はリヤに集中するためにそれがリヤを沈める力のほうがアンチスクワットなんかよりも大きいというのと、あとはフロントサスが伸びて、前上がりに感じるために、相対的にリヤが沈んでいるように感じるからだと思う。だけど、このアンチスクワットってヤツは、リヤタイヤを地面に押し付けてくれる大事な力なんだ。原理的に、アクセルのオン・オフに放っておいたって連動してくれるし、リヤタイヤのグリップ感をライダーにフィードバックしてくれるという点で、欠かすことのできないものだ。
低重心を推し進めたNSRでは、フレームの傾き(目で見てスイングアームのピボットとステアリング・ヘッドを結ぶ線の傾き)も少なく、スイングアーム自体の対地角も少ないという構成になっていたように思うけど、このせいでアンチスクワットアングルが不足し、あまりリヤタイヤのグリップ感を感じられないばかりか、ヘタすると本当に過重に負けてリヤサスが潜り込んでしまい、リヤタイヤのグリップを自ら減らす方向にさえなってしまっていたと思う。これじゃツラすぎだよね。でも、果敢に攻めるガードナーは、ハイサイドで転倒、負傷するケースが増えてしまった。
そして、実質的にはHONDAのエースはドゥーハンに取って代わられ、SUZUKIには無冠の帝王、世界最速の男と呼ばれたケビン・シュワンツが台頭してきて、YAMAHAにはウェイン・レイニーがエースとして存在する時代になった。もちろん、ガードナーもローソンもいて、誰が勝ってもおかしくない群雄割拠の戦国時代だ。
この頃は、レイニー、シュワンツの争いがし烈で、ドゥーハンはむしろ3番目の男って感じだった。ピカ一のラップタイムを叩き出し、オニ突っ込みで他のライダーにはマネのできないパッシングポイントでブチ抜いていくが、RG-Γのマシントラブルや、独走体制で転倒したりと安定感に欠けるシュワンツに対して、一発のラップタイムでは劣るもののYAMAHAのハンドリングを生かしてドッグファイトに強く、ロケットスタートからレースを組み立て、安定感に富むレイニーと、両者に特色がありつつ遜色ない速さでムッチャ盛り上がったもんだ。
この頃、ドゥーハンは強いライバル達に揉まれに揉まれて、密かに、しかし着々と力を付けていたんだなぁきっと。シュワンツほどじゃないけど、割りと突っ込むタイプで、コーナーをナロウに回ってバンクしている時間の短めなガードナーに対して、ドゥーハンはアウト一杯に進入してコース幅をワイドに使うし、バンクしている時間も長め、というスタイルだったから、マシンのアライメントからエンジンの搭載位置に至るまで、すべて手探りでセッティングを出さなければならなかったのだろう、とは思うが、それでもドゥーハンはキラリと光るタイムを出していた。マシンの開発能力に優れたライダーなのだろうなぁ。
徐々にHRCにドゥーハンの要求が通るようになりはじめた頃のドゥーハン車は、一転して重心はやや高めで、フレームの角度もかなり起きた感じでステアリングヘッドの高い構成に見えたし、スイングアームも年々長くなってた。つまり、なるべくホイールベースを犠牲にせずにフロント荷重を増やし、アンチスクワットアングルをも稼ぐために、、できるだけエンジンを前に積んだわけだ。このフレームは今のNSRの基礎になってると思う。さらに、そこにエンジン側の進化も加わってきて、HONDAの優位は圧倒的になった。
これまでの各車のエンジンは、180度クランクの等間隔爆発で、どれか1気筒が必ず燃焼している、というものだったんだけど、このエンジンはグリップが悪かったんだな。「グリップの悪いエンジン」という言われかたは、今では普通だけど、当時はまだ重視されていなかった。何しろ、時代は常に、モアパワー、もっと馬力を、という背景だったから、エンジンにグリップもクソもあるかい、ということだったんだろうけど、しまいには選び抜かれた一握りのライダー達でさえも、もてあますほどのパワーが出てしまうまでに進化し、ベンチテストでの最高出力よりも、コーナー立ち上がりで躊躇なく開けていけるエンジン特性が求められるようになっていったのは自然な流れだろう。
ここで、HONDAはビッグ・バンと呼ばれるコロンブスの卵的なエンジンを登場させてきた。これは、発生するトルクの変動が少ない等間隔爆発のエンジンに対して、わざと爆発間隔を不等間隔にして、発生するトルクに波を持たせよう、というものだ。
正確な爆発間隔は忘れたけど、鈴鹿で初めてビッグ・バン エンジンを見たときに、(その時は不等間隔爆発なんてまだ秘密で誰も知らなかった)YAMAHAやSUZUKIの甲高い排気音に比べて、バオォォ〜と野太いNSRの排気音は本当に異様だった。
ビッグ・バン エンジンは「グリップのいいエンジン」の代名詞となった感があるけど、これは結局、トラクション効率がいいエンジン、または、タイヤが休めるエンジン、と言えるだろう。つまり、タイヤのグリップの限界を超えるトルクが掛かって滑り出したときに、従来のエンジンでは、一定の間隔、それも短い間隔でトルクが掛かり続けるために、タイヤはグリップを回復することができず、ライダーはアクセルを戻すことになるが、これはいわゆるハイサイドの原因になってしまう。スロットルコントロールがものすごく上手いライダーなら、トラクションを全部抜くことなく、タイヤのグリップを回復させる分だけを正確に戻せるのだろうが、普通はアッ!と思って大きく戻したとたん、タイヤが急激にグリップを取り戻してしまい、揺り返しで飛ばされてしまう。
これに対して、ビッグ・バン エンジンは、爆発の間隔が不等で、広いときと狭いときが交互にやってくる。このうち爆発間隔の広いとき、というのが、タイヤが休めるタイミングだ。ドンとトルクがかかり、タイヤがズズッと滑っても、その後しばらくトルクが掛からないなら、タイヤは自然とグリップを回復する。回復できないほどのスロットル開度だったとしても、滑りかたにも波があり、ズッ、ズズッ、という感じで、決してズバ〜ッと一気に大ブレークしてしまうことはない。
あたかもNSR500に乗ったことがあるかのように書いてるけど、もちろん乗ったことなどないよ。だけど、同じ感覚は、DUCATIの900SSでも、TRXでだって味わえる。ドカのLツインは90度V型だから、ほっといたって90度と270度の不等間隔なトルク特性だし、TRXもわざわざTDMの360度クランクにバランサーを追加して270度クランクを実現してエンジンのトラクション効率を高めてる。オレのかつての愛車、TRXも公道で攻め込むとズバズバ滑るけど、オーバーに言えば、鼻歌混じりで滑りそのものを楽しめる。FZR1000も同様に滑りまくりだが、FZRはほとんど滑らしたら終わりだ。真横向くまで収まらないなんてこともよくあった。これもオレがツインを好きな大きな理由だ。
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