この頃は、片山が引退したか引退間近かって頃で、HONDAのエースはスペンサーだったと思う。V3で活躍したHONDAだったけど、やはりパワー差を埋めるのは難しくV4のNSRをワークスのエースに、V3のNSをサテライト・チームやセカンド・ライダーにというチーム構成だった。当時のスペンサーってのは、オニのような速さで、しかもセッティングに割と無頓着なライダーだったらしい。なにしろいいかげんなセッティングでもとてつもないラップタイムを出してしまうために、車体側の開発がサッパリ進まなかったんだろうと思う。これが後の、NSR=ハンドリングの悪いマシンという図式を決定づけてしまった大きな要因なのかも。
当時セカンド・ライダーだったガードナーは、V3のNSでは結構いい走りをして活躍していたと思うけど、V4のNSRに乗れるようになった頃は、その乗りにくさに手を焼いていたように覚えてる。まさにスペンサー後遺症。
ガードナーといえば、頭角をあらわしていく過程で、かつてSUZUKIでチャンピオンを取った、フランコ・ウンチーニを引いちゃったのが印象的というか、不思議な因果を感じてしまう。確か、コケたウンチーニが、エスケープゾーンに逃げようと焦ってコースを横切っているところにガードナーが差し掛かり、寄りによって頭部にドカンと追突してしまったんだよね。で、ウンチーニはライダーとしてはそれっきりになってしまった。
てなことがあって、車体設計、特にハンドリング特性のデザインに関して決定打のない状況で、HONDAはライダーから(特に当時エースだったガードナー)の要求に従って、よりパワーのあるエンジン、より剛性の高いフレームを毎シーズンに渡って造り続け、ついには200psを超えるとまで言われる怪物マシンを作り上げた。これが不幸の始まりだったんだな。
もはや、ありあまるパワーはリヤタイヤがどうがんばってもグリップしない状況になり、ガチガチのフレームはかえってハンドリングの自由度を奪い、ピンポイントのセッティングをサスペンションに要求するようになった。レイニー、シュワンツが台頭し、ローソンがYAMAHAで最後のタイトルを取ったのがこの頃だ。
が、なんと!この翌年、ローソンはHONDAに移籍し、乗り換えたその年にNSR500でタイトルを取るという離れ業をやってのけてしまった。この時のチーム監督は、今はビアッジとともに250を戦っているアーブ金本だ。チーフメカニックはジェリー・バージェスだったと思う。歴代HONDAのエースのチーフメカで、今はもちろん、ドゥーハンのメカをやっている男だ。
このシーズン、ローソンはやはりジャジャ馬NSRのハンドリングに苦しみ、シーズンの序盤戦は苦しい戦いだったが、どんどんNSRを造り込み、ハンドリングを矯正して、ついにタイトルを取ったんだが、長年YAMAHAのエースとしてレースを続け、チャンピオンも取り、優れたハンドリングとはどういうものかを熟知しているローソンが、この時に結果として、近代レーシングにおけるハンドリングの設計方法ってものを、HONDAに授ける形になったように思えてならない。
オレは個人的にはワイン・ガードナーの闘志溢れるライディングは大好きで、いつも応援していたが、つまるところセッティング能力というか、マシンを開発していく能力には乏しかったのかもしれないなぁ、なんて思っている。だからこそ闘志溢れるように見えるライディングにならざるを得なかったのではないか、ってね。きっと、WGP級のマシンでなければ、多少セッティングが腐っていても乗りこなして勝ってしまうほどの優れた感性の持ち主だったんだろうなぁ。
今でこそ、低重心、高剛性が必ずしも良いワケじゃない、というのは常識化しているけど当時のガードナーは、エンジン搭載位置と、スイングアームの対地角との関係にとても苦しんでいたように思う。ホイールベースの設定にも問題があったんじゃなかろうか。
重心が低いほど安定する、というのは、花瓶みたいな動かないものには簡単なリクツだが、左右にリーンしてコーナリングする宿命のバイクの設計には、単純に適用できるものじゃないよね。市販車レベルでも、止まっているときにグラッと来るほど重心の高いバイクの方が、走り出すとリーンの際の倒れ込みは軽やかだったりするでしょ。つまり、運動性と安定性という2つの相反する要素をバランスよく持たせるためには、重心の位置というのはムチャクチャ重要だ。
ガードナーがエースとなってNSRの開発をするようになったころ、HONDAがなぜあれほど低重心に振ってしまったのか、というと、もちろんガードナーの要求だったんだろうけど、オレが想像するに、彼は「低重心にしてくれ」と要求したことは一度もないんじゃないかと思う。オーストラリアで市販車ベースのスーパーバイクで活躍してスカウトされた経緯を持つガードナーは、アップハンで、重心も高く、フレームもグニャグニャのバイクでの経験が豊富だ。いわゆる純レーサーで腕を磨いたわけじゃない彼が、低重心を好むとは思えないでしょ?
じゃあ、なぜ低重心にする必要があったのか、というと、スペンサーの要求に従って馬力を増やし続けたNSRのエンジンが、レスポンスが唐突だったり、中速からトルクが出過ぎていたり、といったような理由で(憶測だけどね)、アクセルを開けていくとすぐにウィリーしてしまうような状態だったんじゃないかと思う。さらに、旋回性を高めるという目的で、限界まで詰められたホイールベースのためにフロントの分布荷重が少な目になっていたのも拍車をかけていたんだろう。
アクセルを開けてもフロントの荷重を失い難くするための低重心化というわけだ。しかし、このためにガードナーは、コーナーへのアプローチから初期旋回にかけての旋回力の不足という副作用に悩まされていたように思う。重心が高い車体と低い車体を比べると、同じバンク角なら、重心の高いバイクの方がイン側への重心の移動量は大きいでしょ。
つまりバンク角の少ないうちからすでに旋回力を発揮しはじめることができる。これは市販車を見たときに、おおざっぱに分けて並列4気筒で低重心の日本製レプリカと、Lツインで特に後ろバンクのシリンダーが直立していてやや重心の高いDUCATIの比較でも同じことが言えるだろう。これが、オレがツインを好きな大きな理由の一つだ。
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