シュワンツが引退してしまって、ドゥーハンが1人抜きんでてしまった感のある500ccにちょっと興味を失いかけている、かつてのWGPファンってのは多いんじゃないかと思うけど250ccはムチャクチャ面白いね、最近。
オレはYAMAHAびいきってのもあって、全日本の頃から原田がイチオシだったんだが、彼は本当にスゴイよな。93年にWGPにデビューして、その年にチャンピオンを取ったんだけど、これは片山以来の日本人チャンプで、実に16年ぶりの快挙だ。モータースポーツ、特にバイクのレースなんてめちゃくちゃマイナーな日本じゃ騒ぎにもならず、たいした扱いもされなくて残念極まる。ファンの人には申し訳ないが、ワールドカップの予選もロクに通れないサッカーなんかより、よっぽど日本のオートバイレースのレベルは高いんだぜ。
92年、ネスカフェYAMAHAで全日本を走っていた原田は、TZM250というマシンに乗って戦っていたんだが、このマシンは結局ワークスの手が入った別物とはいえ、設計は市販レーサーTZベースだった。もうYAMAHAのお約束のようにパワーがなく、当時3年連続全日本チャンプだった岡田のワークスNSRには遠く及ばず、有力なプライベーターのRSにもパワーで劣っていたもんだ。スリップに付いても、抜いていくどころか横にも出られず、といった感じだったと思う。
だけど、92年の岡田と原田の一騎打ちは見ごたえあったね。YAMAHAはチーム体制が例によって小さくて、TZMは言ってみればハラダ・スペシャルという物だったし、長年に渡って市販レーサーTZの開発も兼ねてという名目で原田は着々と開発を進め、エンジンはダメダメだったけど、アシで勝負する素晴らしいマシンに作り込んでいたんだ。
こういった経験を積んで原田は、もともとミニバイクレース時代から天才の名を欲しいままにしていたその才能に、タイヤ、サス、車体とエンジンのバランスなど、セッティングの能力という面ですごく磨きを掛けたと思う。
岡田もものすごく強いチャンピオンで、NSRのパワーにモノを言わせて勝っている、という感じはまったくなく、スムーズでムダのないライディングでとぉっても速かった。92年の全日本では、岡田と原田が2人してレベルの違うレースを繰り広げちゃってた。なにしろ岡田、原田がダンゴになって抜き抜かれつバトルしている20秒も後方で3位争いが展開しているってレースが毎回続いていたからなぁ。そして、激闘の末、原田がついに全日本のタイトルを獲ったんだ。
原田の走りを見ていると、コーナーのアプローチから初期旋回、立ち上がりと、とっても華麗でムダがなく、オレなんてポ〜ッ(*^-^*)と見とれてしまうほどだ。どこがそんなにオシャレなのか一つ一つ上げていこう。
まず、コーナーへのアプローチだ。だいたいTV放送なんかだと、メインストレートの終わり1コーナーの正面にカメラがあるでしょ?で、そこでの原田のブレーキングを見ていると、アウト側に1メーターくらい残したやや内側を真っ直ぐ突っ込んできて、ガンとブレーキをかけるんだが、コースの端を使わないってのがいいよね。荒れてたりタイヤカスなどで汚れてたりするのを嫌うんだろうけど。
このとき、どの辺でブレーキを掛けはじめるのか見ていると楽しめると思う。フロントフォークが入って、カウル全体がガクンと下がるのがコースのどのあたりなのか、コース脇の看板でもオフィシャルの位置でもなんでもいいから目印を付けて見よう。アウト側にも縁石があったりするサーキットなら、もっとよくわかるし、ダンゴ状態なら他の選手と比べればすぐわかる。
当時の原田は明らかに遅く掛けはじめ、倒し込むと同時に、ほとんど自転しているかのように短い距離で大きく向きを変えていた。もっと手前からブレーキングを開始し、それをリリースしないで引き摺りながら滑らかにインに寄っていくライバル達に比べて、猛烈にクイックなアプローチだったんだ。
また、アクセルの開けはじめもとぉっても早かった。音を注意して聴いているとわかるがアプローチが終わってインに寄っていき、クリッピングポイントまでは通常はパーシャルでパラパラパラ…という音なんだけど、いざ開けはじめるとバイーンという音に変わるでしょ。この、パラパラパラ…バイーン、の、バイーンが異様に早かったのだ!もう向きは変わったから、とっとと開けちゃうぜ、って感じでムッチャかっこいい。
で、コーナー立ち上がりも、原田だけが、アウト側に2メーターほども残して楽々立ち上がっていくんだ。これもすべてクイックなアプローチから強く向きを変えてしまう走りだからこそ、なんだが、コーナー後半に差し掛かっても、さっぱり向きが変わってなくて、大きく旋回しながら弧を描くようにして飛び出してきて、アウト側の縁石に乗り上げるようにしてやっとそこからアクセル全開、というライバル達に比べると、原田はその時点ではもうとっくにカウルの中に潜り込んでいて、アクセル全開してちょっと走ったあとってわけだ。
S字なんかでもちょっと違う走りをしていた。目一杯のRで旋回して1つ目を曲がり終えてバッと切り返してフルバンクし、2つ目も大きく旋回、という文字どおりS字型に走るのが普通なんだろうが、何しろ原田は小さく曲がれてしまうので、S字の1つ目と2つ目の間に極々短いけど明らかにアクセルを開けている直線部分を作ってることが多かった。
トータルで走る距離が短く済むうえに、直線的に走る区間を長く取り、タイヤにも負担をかけず、できるだけアクセルを全開にできる時間を増やす原田の走り。クールだぜ。
93年からテルコYAMAHAでWGPに参戦した原田は、開幕戦でいきなり優勝、続く4戦のうち3勝して、その中には鈴鹿も含まれていた。もう2分10秒ちかいタイムでポールをゲットし、当然のように優勝した。前の年まで散々走っていたコースだから、誰も相手にならなかったんだ。
ヨーロッパラウンドに入るとさすがになかなか勝てなくて、確かイタリアだったと思うけどブレーキングした瞬間にバンプに足を取られてスリップダウンしたことがあった。マシンにも体にもほとんどダメージはないように見えたし、確かいい位置を走っていたはず(ひょっとしてトップだったような気も)なんだけど、オフィシャルにとっととマシンをコース脇に持って行かれてリタイヤを余儀なくされたこともあった。当時チャンピオン争いをしていた相手がイタリア人のカピロッシだったからなぁ(^-^;)なんて邪推したもんだ。
で、リードしていたポイント差も逆転されてしまって、誰もが16年ぶりの世界チャンプはやはり無理なのか…と思っていた最終戦ハラマ。トップを爆走していたJ.P.ルジアがお約束のようにフロントから転倒リタイヤ。原田は中盤まで2位争いのグループに埋もれていたが、終盤にかけて追撃を開始し(原田はタイヤを酷使しないからねぇ)1人また1人とパスしていく。遂にチャンプ争いの当事者であるカピロッシもパス。
これだけじゃポイント差は逆転しないんだけど、プレッシャーに負けたカピロッシがコースを外れて大きく順位を落としてしまったのだ!で、独走で優勝した原田が大逆転で奇跡のワールドチャンピオン獲得!!く〜(T_T)
涙でTVが見えぬ〜。
全日本でチャンプを獲り、翌年WGPのチャンプになるんだから、まったくすごいよなぁ。
メール | 次へ | 戻る |